周りの人に嫌われないために、外面の仮面をかぶっていい子ぶりっ子してる女子高生、千歳(ちとせ)。
駅で男子高校生、樹(いつき)に、痴漢から助けられ、彼のことが気になって追いかけると、彼は美術予備校に通っていました。
樹と美術予備校に出会った千歳が、恋と自分の将来について考える青春物語。
完結。コミックス全9巻。
数年前に最初の数話を試し読みで読んで気になってた作品です。
マンガアプリで期間限定で無料で読めたので読んでみました。
以下、ネタバレありなので、ご承知の上。
あらすじ
女子高生の千歳が、駅のエスカレーターに乗っていて見かけたきれいな男の子に、「スカートの中を盗撮されてるよ」と教えられて、逃げようとした痴漢犯を彼が捕まえてくれます。
彼はすぐに去ってしまい、痴漢より彼のことが気になった千歳は、「お礼を言わなきゃ」という口実で彼を追いかけていくと、彼が入ったのは美術予備校でした。
千歳はそこで美術予備校という存在を初めて知ります。
千歳は手芸が好きで、スマホカバー等の小物を作って、家でやってる多国籍料理店に置いてもらって、売っていました。
樹のスマホカバーが自分の作った物だと気付き、樹は千歳の作った物を気に入っていくつか買ってくれていた事がわかります。
このことがキッカケで、千歳は自分のやりたいことが、美術系だと気付いて、両親に頼んで美術予備校に通うことにします。
千歳は小学生の頃に両親が始めた多国籍料理店のスパイスの香りのせいで、いじめられた事があり、テレビドラマに出ていた子役の女の子のマネをするという仮面をかぶって、感じのいい子のふりをしてそれを克服したため、外ではずっとその仮面をかぶって生活していました。
その仮面をはずすキッカケをくれたのも樹でした。
千歳はすぐに樹の事を好きになり告白しますが、樹は芸大に現役合格する事に執念を持っていて、恋愛に興味がない、というより嫌悪していたので、断ります。
ですが、千歳の真っ直ぐさに徐々にひかれていって、両思いになり、二人でそれぞれのやりたいことを見極め、美術大学を目指します。
樹は、父親が芸大の教授、兄が芸大に現役合格して在学していて、父や兄にコンプレックスがあります。
また樹の兄は、千歳が小学生の時に、よくお店に遊びに来て、一緒に手芸をやってくれた男の子で、千歳が学校でうまくいっていない時期に、彼のおかげで乗り越えられた大切な人でした。
兄も千歳の事が好きで、横恋慕してきますが、千歳の方はあくまで兄は恩人で恋愛感情を持たなかったため、樹との仲は壊れませんでした。
同じ美術予備校の仲間達と切磋琢磨しながら、それぞれの将来を考えていく、青春ドラマです。
最後は、ちょっと駆け足な展開で、千歳と樹は別の大学を目指して二人とも合格し、遠距離恋愛をしている様子が描かれて終わります。
美術予備校
私はこの作品で初めて美術予備校という存在を知りました。
考えてみれば、受験の際に実技の試験があるんだから、勉強だけじゃない、実技を教える学校があるのは納得ですが、全く知らなかったので、へーという驚きがありました。
作品中に書かれているコメントによると作者さん自身が美術予備校に通った事があるようなので、実際の雰囲気に近いんじゃないかと思います。
美大の在校生がアルバイトで講師をしています。
美大を目指している人の参考にもなるんじゃないかなと思いました。
ちょっと驚きだったのは、やり方を教えてくれるよりも、まず実践って感じなところです。
千歳が入ってすぐにデッサンを描きますが、それも書き方の講義等なく、見て描いてって感じです。
その後、まだ入ってそんなに経ってない感じなのに、グループ課題をやることになって、それぞれ得意な事で作業を分担します。
千歳は手芸を自分でわりとやってたから、得意な事があったけど、何もやったことなくて、ここで教えてもらおうと思って初めてやる人っていないんでしょうか。
そういう人は初心者クラスみたいな感じで別クラスなんでしょうか?
ある程度できる前提な感じだったので、そこら辺どうなのか気になりました。
それに千歳がデッサンがうまくなるようがんばる時も、講師の指導をうけるというより、他のうまい生徒(=樹)が描いてるところをよく観察して、参考にするように言われてて、講師の意味って?とちょっと思いました。
それと3年生になってからのクラスの講師が厳しいタイプの先生で、3年から新しく入ってきた生徒に厳しいことをいいます。
入ったばかりの生徒の初対面で、キツイことを言うって、いくらそれが正論でも、ヘコむなーと思いました。
私はそういう先生は苦手です。
白いテープを貼るところを、手元になかったから緑のテープで代用したのを怒られてて、確かに美術、芸術だから、見栄えを気にしないとだとは思うし、正論だけど、私もとりあえず形にするのを優先してやりそうだなーと思う事だったので、身につまされる思いで、嫌な感じでした。
物語の舞台はほとんどこの美術予備校です。
千歳と樹、他の予備校生達もそれぞれ高校が別で、高校の話はちょろっと出てくるだけで、ほとんど出てきません。
樹は、エリート進学校に通ってるそうですが、最初にそういう話が出ただけで、そのことは全く関係ありませんでした。
千歳の仮面
この作品の説明に必ず入ってくる「仮面をかぶっている」という千歳の設定ですが、わりと最初の方でその仮面を脱ぐ事になり、その後、たまに触れられることはあるけど、ほとんど出てこなくなります。
仮面を強調してるわりに、意外とあっさり解決しちゃってるよなーと思います。
そしてその仮面をかぶることになった原因ですが、思ったよりシリアスじゃありませんでした。
冒頭から、その仮面の話が出てきて、千歳の見た目がちょっとボロい印象に描かれてて、家が貧乏なのか、親にネグレクトされてるのか、酷い環境なのかなと思ってたんですが、両親や兄弟と仲良く、貧乏なわけでもなく、家が多国籍料理をやっているというだけで、普通に愛情のある家族でした。
多国籍料理の店のスパイスの香りのせいで、学校のクラスメイトに臭いと言われた、という事がわかるまでに出てきた回想シーンでは、わりと悲惨そうな雰囲気をかもしだしていたんですが、その雰囲気と実際の要因にギャップがあって、なーんだたいしたことじゃないんじゃんって思ってしまいました。
それでも当人にとっては、理由がどうあれ、いじめられてたらそれなりに辛いことだとは思いますが、愛情ある家庭なんだったら、大丈夫じゃないかって思えますし。
なので、思ったより深刻な原因じゃないんだなというのをすごく感じてしまいました。
樹の名前
樹(いつき)というのは名字で、名前は「喜之介(きのすけ)」です。
後に、樹の兄が美術予備校の講師として登場しますが、彼も当然、「樹くん」です。
名前は、「結之介(ゆいのすけ)」。
芸大教授の父親が「之介」とつく名前だったので、そこからつけられたと思われます。
結之介が登場しても、千歳は樹のことを「樹くん」と呼び、付き合ってからも下の名前で呼ぶ事はありませんでした。
俺も樹だから、下の名前で呼んでよと結之介に言われても、樹先生とその場では言ってた気がしますが、その後は特に名前を呼ぶシーンがなかったような・・。
ただ先生と呼んでたか、呼びかける必要がなかったか。
千歳と樹
予備校でちょっと気まずい別れ方をした後、樹がそれを気にして千歳の家を訪ねてきます。
(お店の事を聞いてたので場所がわかった)
そこで仮面をかぶらないで素を出せばいいのにっていう言い合いの後、めんどくせーなと言って突然樹は千歳にキスをするんですが、このキスをお互い「嫌がらせ」と思ってるんだけど、嫌がらせでキスをするっていうのが、驚きでした。
煮え切らない千歳に対してショックを与える目的って事なのかなと思うけど、樹も千歳も誰かとキスするのに慣れてるわけでもないようだし、キスぐらいどうってことないってほど恋愛慣れして、チャラいわけでもないようだし、それであんな簡単に相手にキスするかな?って思いました。
千歳もあれを嫌がらせでしたんだろうしと思ってるんですが、キスって嫌がらせの手段の1つというほど軽くできちゃうものだと考えてるのが、驚きです。
その前に、千歳が樹に言うことも(具体的には忘れちゃいましたが)、よく初対面の相手で、しかも好意を持ってる男の子相手に、そんな事思い切って心情をさらけ出せるなーと思いました。
千歳が、仮面をかぶってる(=本当の気持ちを隠してる)とか、おとなしめな感じからは、想像できない大胆な行動で、よくできるなって感心しました。
そしてこういう面をなのかわかりませんが、樹は千歳のことを、千歳の真っ直ぐさに救われたり、背中を押されたりしたと言うんですが、私は千歳をあまり真っ直ぐな人とは感じませんでした。
ひねくれているわかじゃないけど、私の千歳の印象は、どんくさく努力してがんばってる子って感じで、樹のいうような真っ直ぐさで突き抜けてる、突き刺さってくる感じは受けませんでした。
この二人の恋愛と、それぞれ将来の道をどうするか、美大で何をしたいのかっていうのがメインの話ですが、樹と千歳で不満があるわけじゃないんだけど、樹はなぜ千歳にひかれたのか、っていうところが私にはあまりピンときませんでした。
タイトルのキス
そしてタイトルが「セキララにキス」ですが、キスが特に重要なポイントでもなかったなーと思います。
最初だけ、インパクトのある仮面をかぶってる話だったり、突然のキスだったりが出てきましたが、その後は、仮面はすぐ脱ぐし、キスはそんなにするわけじゃないしで、印象づけるために最初だけそういう要素を入れたのかなっていう気がしてしまいました。
絵柄が好みなのもありますが、「セキララにキス」というタイトルにもひかれて読みました。
「セキララにキス」というタイトルは、印象的ないいタイトルだと思います。
ただ、そのタイトルと内容が合ってたかというと、あんまりキス出てこなかったよなーと思います。
千歳と結之助
結之助は千歳が学校で辛かった小学生の頃、父親に連れられてよく遊びに来ていた年上の男の子で、千歳と一緒に手芸をして、千歳にやり方を教えてくれたりアイディアをくれたりして、千歳の精神的支えになってくれた恩人でした。
結之助にとっても、子供の頃からわりとなんでもすぐ上手にできちゃってつまらなかった時に、彼に教えるおもしろさを感じさせてくれた恩人でした。
そして、弟の樹より後に、千歳と再会するんですが、千歳の事を好きになります。
でも、千歳は先に樹に会って恋してしまっていたので、この後いくら結之助がアプローチしても、うまくいきません。
そして最後、結之助の話は、やっぱりダメだったって感じで結之助が崩れ落ちるシーンで終わってて、そんな中途半端な感じで終わってるのが、不満でした。
千歳と結之助は、樹より先に会ってれば、絶対ここに恋が生まれてたと思うんです。
千歳はずっとあの男の子の事を好きだったし、それはもはや子供の頃の淡い恋だとしても、先に会ってれば、今の結之助の事も好きになってたと思います。
お互いにとって、わかり合える大切な人だったんですから。
千歳の方は、結之助の居場所を知りませんでしたが、千歳の家はずっとお店をやってて場所は変わってないので、結之助の方は大きくなってから、会おうと思えば会いに来れました。
なのに、今になって、弟より後に再会するなんて。
彼の中でも子供の頃の淡い恋の思い出だから、大きくなってわざわざ会いに行くほどではなかったけど、会ってみたらやっぱり好きだと思ったって事なんだとしても、全くおかしくありませんが、なんて残酷な描き方をするんだろうと思いました。
なんのために、結之助を登場させたんだろう?と疑問に思います。
結之助があまりにかわいそうです。
ずっと好きだった女の子に再会できたのに、弟の恋人で、恋い焦がれても叶わず悶え苦しむ姿が描かれ、ただその子の将来の道をサポートするだけの存在として描かれるなんて。
昔の恩人の男の子が、実は樹(喜之介)で結之助は出てくなくてもよかったと思うし、別の存在にするなら、結之助が千歳を好きにならなければよかったのにと思います。
千歳と同じように、結之助も千歳の事を昔の恩人と思うだけで、恋愛感情を持たないでいれば平和だったのに、なぜ結之助が千歳を好きになる事にしたのか。
どうせなら、もっと千歳が二人の間で気持ちが揺れ動くならまだしも、ほとんど結之助に気持ちが動くことはなかったし、ただただ、結之助が一人で焦がれてかわいそうになるだけでした。
そしてせめて、結之助が千歳のことを吹っ切れるところまで描いてくれればいいのに。
結之助が千歳をモデルに絵を描いて、それで昇華した事になればまだよかったのに、その後も、千歳を好きでもがいていて、そのまま特に決着なく終わってたのが、不満です。
中途半端な描かれ方の脇役達
結之助が一番そうだったと思いますが、他の脇役達も魅力的なキャラなのに、中途半端にしか描かれてなかったのが残念です。
千歳と結之助の関係も、吹っ切れるところまで描かれませんでしたが、樹と結之助の関係も、結之助が樹と同じような悩みを抱えてたんだって事を知らないまま終わってしまいました。
結之助は子供の頃からなんでも上手にできちゃう子で、芸大も現役合格しますが、合格するという目標を叶えてしまった後、これといってやりたい事がなかった結之助は、目標を見失ってしまい、大学を休学して海外に旅に出ます。
それでも何かを見つけられずに帰国し、千歳と再会して彼女をモデルに絵を描いて、ちょっと何かをつかみかけます。
千歳の絵を描いたことと、教えることが合ってるんじゃないかと気付いた事に何か関係があったのか、よくわかりませんでしたが。
樹も、絵はすごく上手だけど、結之助と同じようにこれといった具体的なやりたい事がなく、美大の何科を受けるか考えた時に、悩みます。
結之助と樹の悩みが出てきた時に、二人とも同じような事で悩んでるから、そのうちそれに気付いて和解しそうだなと思ってたんですが、お互いがそれに気付く場面は出てきませんでした・・・。
なぜだろう?わかりやすく同じ悩みじゃーんって感じで描かれてると思ったのに。
美大生の講師、佐倉とそのちょっと天然な彼女のエピソードはおもしろそうだったからもっとでてきてほしかったし、美術予備校で千歳と同じグループ課題をやった面々も個性的だったけど、目黒ちゃんくらいしかちゃんと描かれなかったし。
終盤出てきた、薫ちゃんとか、現役芸大生のその兄とか、もっと活躍させられそうなキャラだったけど、あまり出てこないで終わっちゃったな。
特に薫ちゃんてなんだったんだろう。
樹と仲良くなって、千歳がヤキモチをやく、当て馬っぽい感じなのかなーと思ったけど、薫ちゃんは樹に顔を赤らめはするけど、好きだったのか、千歳の彼氏だからブレーキかけてたのか、ただの友人としか思ってなかったのか、思わせぶりな感じに描かれてたのに、薫ちゃんが樹をどう思ってたか、出てきませんでした。
芸大教授の樹の父親もわりと強烈ないいキャラっぽかったけど、ちょっと出ただけでした。
そんな感じで、千歳と樹以外の脇役キャラは、魅力的な人がわりといたのにあまり活かせてなかったり、あれで終わりなの?っていう中途半端なまま終わってる人が多くて、残念です。
絵柄の変化
長い連載作品だと、よくある事ですが、最初の方と最後の方で少し絵柄が変わったなーと思います。
特に樹の印象がだいぶ違います。
最初の方はクールなキャラで、最後の方は千歳に心を開いて表情が豊かになったせいもあると思いますが、だいぶ印象が変わりました。
最初の方は、神秘的なカッコいい感じでしたが、最後の方は、千歳に似た感じの顔になった気がします。
どっちも美形ですが、最初の神秘的なクールな感じが印象的で好きだったので、ちょっと残念です。
そして新作の「転がる女と恋の沼」を見ると、顔のバランスがよくなってきれいになってるなーと思いました。
この作品の最終巻が出たのが2019年ですが、新作の1巻が出たのは2021年で、他作品もなく間が2年空いてるみたいなんですけど、お休みしてたんでしょうか。
ラスト
千歳と樹が高校2年生の時から物語が始まって、大部分は2年生の期間が描かれてて、3年生になってからは駆け足に時が過ぎていきます。
樹は、芸大に現役合格することに囚われていましたが、それって結局なぜだったんだろう?
その理由はちゃんと出てこなかったような気がするんだけど・・。
樹は結局、子供の頃見て感動した絵画のような絵が描きたいという初心を思い出して、絵画科を受験。
千歳は人の生活に使われるような物、工芸品を作りたいという事で、金沢の工芸大学を受験。
それぞれ合格し、週末、樹が千歳に会いに行って遠距離恋愛してる様子が描かれて終わります。
薫ちゃんはどうなったか忘れたけど、目黒ちゃんだけ浪人になってました。
最後は慌ただしく時が過ぎていってて、ざっくりな印象でした。
まとめの感想
前に最初の方を読んだとき、とても続きが気になってた作品だったんですが、全部読んでみると、思ったよりおもしろくなかったです。
絵柄は好みなんですが、カップルになる二人のお互いを好きな感じが、あまりしっくりこなかったです。
そして樹の兄、結之助がかわいそうな扱いな事に、だいぶ不満が残りました。
千歳も樹も、それぞれの悩みと過去がチラッと出てきてた時に家庭環境に問題があるのかと思ってたら、終わってみると、どっちの家族もいい感じで、子供への理解もありそうで、全然抑圧されてる感じでもなく、いい家族でした。
二人とも思わせぶりな感じで、親が嫌な感じだったりダメな感じなのかと思ってたんですが、ぜーんぜん違ってて、いい感じで、なーんだ、じゃあなんであんな雰囲気で描かれてたんだろうって思いました。
なんで二人とも、あんないい感じの家族なのに、変に屈折した感じの悩みを抱えていたのか、よくわかりませんでした。
全体的に描かれ方が、ちょっと中途半端な印象でした。
美大を目指す人が美術予備校の雰囲気を知るにはいいかもと思います。